機能性ディスペプシアについて
機能性ディスペプシアは、胃の機能に問題があることで起こる病気です。「ディスペプシア」とは「消化不良」という意味で、胃の動きが悪くなったり、胃酸の分泌バランスが崩れたり、胃の知覚が過敏になったりすることで様々な症状が現れます。
正常な胃では、食べ物が入ってくると胃の上の部分(穹窿部)が風船のように膨らんで食べ物を受け入れ、その後胃全体が規則正しく動いて食べ物を十二指腸に送り出します。しかし、機能性ディスペプシアでは、このような胃の正常な働きに様々な異常が起こります。
この病気は世界中で見られ、日本での有病率は15%程度と推定されています。特に働き盛りの30~50代に多く、女性にやや多い傾向があります。生活の質に大きな影響を与える病気ですが、適切な治療により症状の改善が期待できます。
機能性ディスペプシアは、症状があるのに検査で異常が見つからないため、周囲から理解されにくい病気でもあります。「気のせい」と言われたり、「ストレスのせい」と片付けられたりして、患者さんが一人で悩んでしまうことも少なくありません。
機能性ディスペプシアの原因
機能性ディスペプシアの原因は一つではなく、複数の要因が重なって起こると考えられています。主な原因として、胃の運動機能異常、内臓知覚過敏、胃酸分泌異常、ヘリコバクター・ピロリ菌感染、心理的要因などがあります。
胃の運動機能異常
胃の動きに異常が起こることで、食べ物の処理がうまくいかなくなります。胃の上の部分が十分に膨らまなくなったり、胃全体の動きが弱くなったり、動きのリズムが乱れたりします。このため、少し食べただけでお腹がいっぱいになったり、食べ物がいつまでも胃に残っている感じがしたりします。
また、胃から十二指腸への食べ物の排出が遅くなることもあり、これにより胃もたれや膨満感が起こります。このような胃の動きの異常は、自律神経の働きの乱れや、胃の筋肉の協調性の問題が関係していると考えられています。
内臓知覚過敏
胃の感覚が普通の人よりも敏感になってしまう状態です。通常なら感じないような軽い刺激でも痛みや不快感として感じてしまいます。例えば、普通の量の胃酸や食べ物でも過敏に反応して、痛みや灼熱感を感じることがあります。
この知覚過敏は、胃と脳をつなぐ神経の働きに異常が起こることで生じると考えられています。ストレスや不安などの心理的な要因も、この知覚過敏を悪化させることがあります。
心理的要因
ストレス、不安、うつ状態などの心理的な要因は、機能性ディスペプシアの発症や悪化に大きく関わっています。現代社会では仕事や人間関係のストレスが多く、これらが胃腸の働きに悪影響を与えます。
脳と胃腸は密接につながっており、心理的なストレスが直接胃腸の働きに影響することが分かっています。また、胃腸の不調がストレスとなって、さらに症状を悪化させるという悪循環が起こることもあります。
機能性ディスペプシアの症状
機能性ディスペプシアの症状は、大きく2つのタイプに分けられます。一つは食後の胃もたれや早期満腹感が中心となる「食後愁訴症候群」、もう一つはみぞおちの痛みや灼熱感が中心となる「心窩部痛症候群」です。多くの患者さんでは、これらの症状が混在して現れます。
食後愁訴症候群の症状
食後の胃もたれが最も特徴的な症状です。食事をした後、胃が重く感じたり、食べ物がいつまでも胃に残っている感じがしたりします。普通の量を食べても、胃がもたれて不快に感じることが多くなります。
早期満腹感も重要な症状で、いつもより少ない量でお腹がいっぱいになってしまいます。食べ始めてすぐに満腹感を感じ、最後まで食べきれないことがよくあります。このため、食事量が減って体重が減ることもあります。
心窩部痛症候群の症状
みぞおちの痛みが主な症状で、鈍い痛みから鋭い痛みまで様々です。痛みは食事とは関係なく現れることが多く、空腹時でも食後でも起こります。痛みの程度も軽いものから日常生活に支障をきたすほど強いものまであります。
胃の灼熱感も特徴的な症状で、胃のあたりが焼けるような、熱いような感じがします。胃酸が上がってくるような感覚を伴うこともあり、胸やけと似たような症状として現れることもあります。
その他の症状
上記の主な症状以外にも、吐き気、げっぷ、胃のむかつき、食欲不振などの症状が現れることがあります。また、これらの胃腸症状と一緒に、頭痛、めまい、肩こり、不眠、イライラなどの全身症状が現れることもあります。
症状は日によって変動することが多く、ストレスの多い日や疲れている時に悪化し、リラックスしている時や休日には軽くなることがよくあります。
機能性ディスペプシアの診断

機能性ディスペプシアの診断は、症状があるにも関わらず検査で異常が見つからないことを確認することから始まります。まず、胃カメラやCT検査などで胃潰瘍、胃がん、胃炎、膵疾患などの器質的な病気がないことを確認する必要があります。
診断基準としては、過去3ヶ月間に食後の胃もたれ、早期満腹感、みぞおちの痛み、胃の灼熱感のうち1つ以上の症状があり、かつ各種検査で症状を説明できる異常がないことが条件となります。
また、ヘリコバクター・ピロリ菌の検査も重要で、ピロリ菌が見つかった場合は除菌治療により症状が改善することがあります。心理的な要因が強く疑われる場合は、不安やうつの評価も行うことがあります。
機能性ディスペプシアの治療
機能性ディスペプシアの治療は、症状のタイプや重症度に応じて様々な方法を組み合わせて行います。薬物治療が中心となりますが、生活習慣の改善や心理的サポートも重要な要素です。
薬物治療
胃の動きを良くする薬(消化管運動改善薬)がよく使われます。胃の動きを活発にして食べ物の排出を促進し、これにより胃もたれや早期満腹感の改善が期待できます。
胃酸の分泌を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬、H2受容体拮抗薬)は、みぞおちの痛みや胃の灼熱感に効果的です。胃酸による刺激を減らすことで、内臓知覚過敏の症状を軽減できます。
漢方薬も効果的な治療選択肢の一つです。六君子湯は機能性ディスペプシアによく使われる漢方薬で、胃の動きを改善し、食欲を増進する効果があります。その他にも、患者さんの体質や症状に応じて様々な漢方薬が使い分けられます。
心理的な要因が強い場合は、抗不安薬や抗うつ薬が使われることもあります。これらの薬により、ストレスや不安を軽減し、それに伴って胃腸症状の改善も期待できます。
生活習慣の改善
食事の仕方を工夫することが症状の改善に役立ちます。一度に大量に食べず、少量ずつ何回かに分けて食べることで、胃の負担を軽くできます。よく噛んでゆっくり食べることも大切です。
脂っこい食べ物、辛い食べ物、酸っぱい食べ物、アルコール、カフェインなどは胃を刺激するため、控えめにすることをお勧めします。一方で、消化の良い食べ物を中心とした食事を心がけます。
規則正しい生活リズムを保つことも重要です。食事の時間を一定にし、十分な睡眠を取り、適度な運動を行うことで、胃腸の働きを整えることができます。
ストレス管理
ストレスは機能性ディスペプシアの大きな悪化要因であるため、ストレス管理は治療の重要な部分です。リラクゼーション法、深呼吸、軽い運動、趣味の時間などを通じて、ストレスを上手に発散することが大切です。
仕事や人間関係のストレスを完全になくすことは難しいですが、ストレスに対する考え方や対処法を変えることで、症状への影響を軽くすることができます。必要に応じて、カウンセリングや心理療法を受けることも効果的です。
治療の効果と経過
機能性ディスペプシアの治療効果は個人差がありますが、適切な治療により多くの患者さんで症状の改善が見られます。薬物治療では、効果が現れるまでに数週間から数ヶ月かかることがありますが、根気よく治療を続けることが大切です。
症状の改善は段階的で、最初は症状の頻度や程度が軽くなり、徐々に日常生活への影響が少なくなっていきます。完全に症状がなくなることもあれば、症状はあるものの日常生活に支障がない程度まで改善することもあります。
治療中は症状の変化を記録しておくことが役立ちます。食事内容、ストレスの状況、症状の程度などを日記につけることで、症状のパターンや悪化要因を見つけることができ、より効果的な治療につながります。
長期的には、生活習慣の改善とストレス管理により、薬に頼らずに症状をコントロールできるようになることも期待できます。ただし、症状が完全になくなっても、ストレスや生活の乱れにより再発することもあるため、継続的な自己管理が重要です。
日常生活での工夫
機能性ディスペプシアの患者さんが日常生活を快適に送るためには、いくつかの工夫があります。食事では、自分にとって症状を悪化させる食べ物を見つけて避けることが大切です。人によって異なりますが、脂っこいもの、辛いもの、冷たいものなどが症状を悪化させることがよくあります。
食事の環境も重要で、リラックスできる環境でゆっくりと食事を取ることが症状の軽減につながります。
運動習慣も症状の改善に役立ちます。激しい運動は必要なく、ウォーキングやストレッチなどの軽い運動を続けることで、胃腸の働きが良くなり、ストレス発散にもなります。
睡眠の質を良くすることも大切です。就寝前の食事は控え、リラックスできる環境を作って十分な睡眠を取ることで、自律神経の働きが整い、胃腸の調子も良くなります。
当クリニックでの診療
当クリニックでは、機能性ディスペプシアの診断から治療まで、患者さんお一人おひとりの症状や生活状況に応じた医療を提供しています。まず詳しい問診により、症状の特徴や日常生活への影響を把握し、必要な検査を計画的に行います。
治療では、患者さんの症状のタイプや重症度、生活スタイルに合わせて最適な治療方針を提案します。薬物治療だけでなく、食事指導、生活習慣の改善、ストレス管理についても具体的にアドバイスし、患者さんが無理なく実践できる方法を一緒に考えます。
治療効果の評価も丁寧に行い、症状の変化に応じて治療内容を調整します。症状が改善しない場合は、治療方法を見直したり、専門医療機関への紹介も検討いたします。
また、機能性ディスペプシアは周囲から理解されにくい病気であることを理解し、患者さんの気持ちに寄り添った診療を心がけています。症状に対する不安や生活への影響について、遠慮なくご相談いただけるような雰囲気作りに努めています。