自己免疫性肝炎について
自己免疫性肝炎は、体の免疫システムが誤って自分の肝細胞を攻撃することで起こる慢性的な肝臓の病気です。本来であれば外敵から体を守るはずの免疫システムが、なぜか自分の肝臓を「異物」と認識して攻撃してしまうことによって、持続的な肝炎が起こります。中年女性に多く見られ、症状がないまま進行することも多いため、健康診断で肝機能異常を指摘されて初めて気づくことがよくあります。自己免疫性肝炎は女性に多く、男女比は約1:4となっています。好発年齢は50~70歳で中高年女性に多い疾患です。
自己免疫性肝炎の原因
自己免疫性肝炎の正確な原因はまだ完全には分かっていませんが、遺伝的な素因と環境要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
遺伝的要因
自己免疫性肝炎は、特定のHLA(ヒト白血球抗原)型を持つ方に多く見られるため、遺伝的な素因が関連していると考えられています。特に日本人では HLA-DR4という型を持つ方に多く発症します。
環境要因
ウイルス感染が自己免疫性肝炎の誘因になることがあります。A型肝炎ウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、EBウイルス、サイトメガロウイルスなどの関連が報告されています。
薬剤も誘因となることがあり、抗生物質、解熱鎮痛薬、降圧薬、抗けいれん薬などの関連が示唆されています。
自己免疫性肝炎の症状
多くの患者さんでは症状がないか軽微なため、健康診断で肝機能異常を指摘されて初めて診断されることよくあります。
無症状期
約半数の患者さんでは症状がないか、あっても非常に軽い症状のみです。「なんとなく疲れやすい」「体調がすっきりしない」程度の症状で、多くの方が「年のせい」「忙しいせい」と考えて見過ごしてしまいます。
この時期でも血液検査では肝機能異常が見られるため、定期的な健康診断が早期発見につながります。症状がないからといって治療を怠ると、知らないうちに肝硬変に進行することがあります。
肝炎による症状
病気が進行すると、より明らかな症状が現れるようになります。全身倦怠感は最も多く見られる症状で、十分に休んでも疲れが取れない、朝起きるのがつらいといった状態になります。
食欲不振も比較的多く見られ、好きだった食べ物がおいしく感じられなくなったり、食事の量が減ったりします。体重減少を伴うこともあります。
重症例の症状
重症肝炎例、急性肝不全例では、より強い症状が現れます。黄疸により皮膚や白目が黄色くなり、尿の色も濃くなります。強い全身倦怠感により日常生活に大きな支障をきたします。
肝硬変に進行すると、腹水によりお腹が張る、足のむくみ、食道静脈瘤の破裂による吐血、肝性脳症による意識障害などの症状が現れることがあります。
他の自己免疫疾患の合併
自己免疫性肝炎の患者さんでは、他の自己免疫疾患を合併することがよくあります。慢性甲状腺炎、関節リウマチ、シェーグレン症候群などです。
これらの疾患による症状も現れることがあるため、総合的な診察と検査が必要になります。
自己免疫性肝炎の診断
自己免疫性肝炎の診断は、血液検査、画像検査、時には肝生検の結果を総合して行います。
血液検査では、まず肝機能検査(AST、ALT、ALP、γ-GTP、ビリルビンなど)を行います。自己免疫性肝炎では、特にAST、ALTの上昇が特徴的で、これらの値が正常上限の数倍から数十倍に上昇することがあります。
自己抗体の検査が診断の要となります。抗核抗体、抗平滑筋抗体などを調べます。これらの抗体が陽性であることが診断の重要な手がかりとなります。
免疫グロブリンG(IgG)の上昇も特徴的な所見で、この値は病気の活動性や治療効果の判定にも使用されます。
画像検査では、腹部超音波検査、CT、MRIなどにより肝臓の大きさ、形態、線維化の程度を評価します。確定診断や病気の程度を正確に評価するために、肝生検が行われることもあります。
自己免疫性肝炎の治療

自己免疫性肝炎の治療は、異常な免疫反応を抑制することが目標です。現在では効果的な治療法が確立されており、適切な治療により多くの患者さんで症状の改善と病気の進行抑制が期待できます。
ステロイド治療
治療の第一選択薬はステロイド薬です。免疫抑制の効果がある薬で、肝臓への自己免疫攻撃を抑制します。治療開始時は比較的高用量から始め、症状や検査値の改善に応じて徐々に減量していきます。
多くの患者さんでは、ステロイド治療開始後数週間から数ヶ月で肝機能の改善が見られます。
ただし、ステロイドには副作用があり注意が必要です。感染症のリスク増加、骨粗鬆症、糖尿病、高血圧、消化管障害、体重増加、気分の変調などがあります。これらの副作用を最小限に抑えるため、定期的な検査と慎重な用量調整が必要です。
その他の薬剤
ステロイド単独では十分な効果が得られない場合や、ステロイドの副作用が問題となる場合は、アザチオプリンという免疫抑制薬が最もよく使用されます。
また、肝障害が軽度である場合や、何らかの理由でステロイドが使用できない方では、ウルソデオキシコール酸で治療を行うこともあります。
治療効果の判定
治療効果は、症状の改善、肝機能検査値の正常化、免疫グロブリンG値の低下などで判定します。完全寛解は、症状がなく、肝機能が正常で、肝生検でも炎症が見られない状態です。
不完全寛解は、症状や肝機能は改善したものの、完全には正常化していない状態です。この場合でも、病気の進行は抑制されており、生活の質は大幅に改善されます。
維持療法
寛解が得られた後も、多くの場合は維持療法が必要です。ステロイドや免疫抑制薬を少量続けることで、再発を防ぎます。維持療法の期間は個人差がありますが、数年から生涯にわたることもあります。
定期的な検査により、病気の活動性や薬の副作用を観察し、必要に応じて治療内容を調整します。
自己免疫性肝炎の予後
自己免疫性肝炎の長期予後は、10年生存率95%以上と良好です。
治療に対する反応は個人差がありますが、約80%の患者さんで寛解が得られます。寛解が得られた患者さんの長期予後は良好で、肝硬変への進行や肝がんの発生は稀です。
しかし、治療を中断すると多くの場合で再発するため、長期間にわたる治療継続が必要です。また、約10~20%の患者さんでは治療抵抗性で、標準的な治療では十分な効果が得られないことがあります。肝硬変、肝不全を発症する可能性も、厳重な観察が必要です。
生活上の注意点
自己免疫性肝炎の患者さんが日常生活で注意すべき点がいくつかあります。免疫抑制薬による治療を受けているため、感染症にかかりやすくなっています。手洗い、うがいを励行し、人混みを避ける、マスクを着用するなどの感染予防対策が重要です。
予防接種については、生ワクチンは原則として接種できませんが、不活化ワクチンは医師と相談の上で接種可能です。インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチンなどの接種が推奨されます。
アルコールは肝臓に負担をかけるため、原則として禁酒が必要です。薬剤についても、市販薬やサプリメントを使用する前に必ず医師に相談してください。
当クリニックでの自己免疫性肝炎の診療
当クリニックでは、自己免疫性肝炎の診断から治療、長期的な管理まで、患者さんお一人おひとりの状態に応じた医療を提供しています。この病気は長期間にわたる治療が必要なため、患者さんとの信頼関係を大切にし、一緒に病気と向き合っていく姿勢を心がけています。
初診時には、詳しい症状の聞き取りと身体診察を行い、必要な血液検査や画像検査により正確な診断を行います。自己抗体検査などの特殊な検査も実施し、確実な診断に努めます。
治療では、患者さんの症状、年齢、併存疾患、生活スタイルなどを考慮して、最適な治療方針を提案します。ステロイド治療の副作用についても詳しく説明し、予防策や対処法をお伝えします。
定期的な経過観察では、治療効果の評価、副作用のチェック、生活指導を行います。検査結果については分かりやすく説明し、患者さんが自分の病気の状態を理解できるよう努めます。
他の自己免疫疾患の合併がある場合は、関連診療科との連携により総合的な治療を行います。また、専門的な検査や治療が必要な場合は、適切な医療機関への紹介も行います。
患者さんやご家族からの質問や不安に対しても、いつでも相談できる体制を整えており、安心して治療を続けていただけるよう支援いたします。