慢性膵炎とは
慢性膵炎は、膵臓に持続的な炎症が起こることで、正常な膵組織が破壊され、膵機能が不可逆的に低下する疾患です。膵臓は消化酵素を産生する外分泌機能と、インスリンなどのホルモンを産生する内分泌機能を持っていますが、慢性膵炎ではこれらの機能が段階的に失われていきます。 慢性膵炎は進行性の疾患であり、一度失われた膵機能の回復は困難とされています。そのため、定期的な検査による病状の把握と、適切な治療による症状コントロールと進行抑制が重要になります。
慢性膵炎の原因
慢性膵炎の原因は多岐にわたりますが、日本ではアルコール性が最も多く、全体の約60~70%を占めています。
アルコール
長期間の大量飲酒は慢性膵炎の最も重要な原因です。アルコールは膵腺房細胞に直接的な毒性を示し、膵液の分泌異常や膵管の炎症を引き起こします。また、アルコール代謝産物であるアセトアルデヒドも膵組織に障害を与えることが知られています。発症リスクはエタノール換算で60g/日以上でとくに上昇します。容量依存性であるため、飲酒開始の年齢や頻度、酒類や度数によっても発症リスクが異なります。喫煙も慢性膵炎のリスクとなるため、ヘビースモーカーで大量飲酒もされる方は特に注意が必要です。
特発性
原因が特定できない慢性膵炎を特発性慢性膵炎と呼びます。日本では全体の約20~30%を占め、比較的若年者に多い傾向があります。遺伝的素因や環境要因の複合的な関与が推測されていますが、明確な原因は不明です。
その他の原因
自己免疫性膵炎は、自己免疫機序により膵臓に炎症が起こる疾患です。血液中の自己抗体の存在や、ステロイド治療への反応性が特徴的で、厳密には慢性膵炎とは別の病態になります。
また、膵管癒合不全などの先天的な膵管異常も慢性膵炎の原因となることがあります。 遺伝性膵炎は、遺伝子変異により若年期から慢性膵炎を発症する疾患であり、家族歴の詳細な聴取が診断に重要です。
慢性膵炎の症状
慢性膵炎の症状は病気の進行段階により異なり、初期には症状がほとんどない場合もあります。
消化器症状
慢性膵炎の最も典型的な症状は、持続性または反復性の上腹部痛、背部痛です。急性膵炎のような激痛ではなく、鈍痛や重苦しい痛みとして感じられることが多くあります。病初期は腹痛などの症状が強く出ますが、病状の進行とともに腹痛は軽減し、膵外分泌機能の低下による、消化・吸収不良といった症状が出ます。特に脂肪の消化・吸収障害による脂肪便(淡い黄白色で、脂っぽく、量が多く、悪臭のある便)が特徴的で、その他に、腹部膨満感、下痢、食欲低下、体重減少、栄養失調などの症状も見られます。また、胆管に炎症が波及することにより、胆管が狭窄し、黄疸が出ることもあります。
糖尿病
膵内分泌機能の低下により、血糖コントロールが困難になり糖尿病を発症します。慢性膵炎による糖尿病は膵性糖尿病と呼ばれ、通常の2型糖尿病とは異なる特徴を持ちます。 膵性糖尿病では、インスリン分泌能の低下だけでなく、血糖を上昇させるグルカゴンの分泌も低下するため、低血糖を生じやすくなります。
慢性膵炎の診断
慢性膵炎の診断は、症状、画像検査、膵機能検査を総合して行われます。早期診断は困難な場合も多く、継続的な観察が必要になることもあります。
画像検査
腹部CT検査は慢性膵炎の診断において最も重要な検査の一つです。膵実質の萎縮、膵管の拡張や狭窄、膵石の存在などを詳しく観察できます。MRCP(MR胆管膵管撮影)は、膵管の形態を詳細に観察するのに優れた検査法です。主膵管や分枝膵管の不規則な拡張と狭窄、膵管の蛇行、膵石などの慢性膵炎に特徴的な所見を描出できます。超音波検査では膵実質のエコー輝度の上昇や膵管拡張、膵石の存在などを観察できます。検査が簡便で繰り返し施行可能であるため、経過観察にも適しています。ただし、腸管ガスの影響により十分な観察ができない場合もあります。
内視鏡検査
超音波内視鏡検査(EUS)は、膵臓に最も近い位置から高解像度の画像を得ることができ、初期の段階で慢性膵炎を発見することができます。膵実質の不均一性、膵管の不規則性、膵石の存在などを詳細に観察できます。内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)では、膵管に直接造影剤を注入して膵管の詳細な形態を観察できます。同時に、狭くなった胆管や膵管にステントを挿入する治療や、膵液を採取して細胞検査を行うこともできます。
膵機能検査
血液検査では膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼ1など)の測定を行います。慢性膵炎では急性膵炎と異なり、これらの酵素値は正常または低値を示すことが多くあります。また、栄養状態の評価のために、血清蛋白、アルブミンなどの測定も重要です。
膵外分泌機能の評価には、便中エラスターゼ1測定やBT-PABA試験などが用いられます。便中エラスターゼ1は膵臓から分泌される消化酵素で、膵外分泌機能の低下に伴い低値を示します。
慢性膵炎の治療

慢性膵炎の治療は、症状の改善、膵機能の維持、合併症の予防を目的として行われます。根本的な治癒は困難ですが、適切な治療により症状のコントロールと進行の抑制が期待できます。
生活指導
アルコール性慢性膵炎では、完全な禁酒が最も重要な治療です。飲酒を継続すると病気の進行が加速するため、厳格な禁酒が必要です。禁酒が困難な場合は、専門的なアルコール依存症治療やカウンセリングを受けることが推奨されます。 禁煙も重要な治療の一つです。喫煙は膵がんのリスクを高めるだけでなく、慢性膵炎の進行も促進することが知られています。
薬物療法
膵外分泌機能不全に対しては、膵酵素補充療法が行われます。食事とともに膵酵素製剤を服用することで、消化・吸収の改善を図ります。また、膵臓の炎症を改善する薬の内服も行います。
膵性糖尿病に対しては、インスリン投与や血糖降下薬の内服を行い、低血糖に注意しながら慎重な血糖管理を行います。疼痛に対しては段階的な薬物療法が行われます。軽度の痛みには非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェンが使用されます。中等度から高度の痛みには、麻薬系鎮痛薬が使用されることもあります。
内視鏡的治療、外科的治療
薬物療法で症状のコントロールが困難な場合や、膵液や胆汁の流れが悪い場合には、内視鏡的治療や外科的治療が検討されます。内視鏡的治療が一般的であり、膵管狭窄部の拡張やステント留置、膵石除去により、膵液の流れを改善し、症状の軽減を図ります。また、膵石に対しては体外衝撃波結石破砕術(ESWL)が行われることもあります。
慢性膵炎の合併症と予後
慢性膵炎では様々な合併症が生じる可能性があり、定期的な観察が必要です。
膵がんのリスク
慢性膵炎患者さんは膵がんの発症リスクが一般人口に比べて高いことが知られています。特に長期間経過した症例や遺伝性膵炎では、リスクがさらに高くなります。そのため、定期的な画像検査による経過観察が重要で、新たな腫瘤性病変の出現や既存病変の変化に注意を払う必要があります。 また、慢性膵炎では炎症性の腫瘤と膵がんの鑑別が困難な場合があり、専門的な診断技術が必要になることもあります。症状の変化や検査値の推移に注意し、必要に応じて精密検査を行うことが重要です。
当クリニックでの慢性膵炎の診療
当クリニックでは、慢性膵炎の患者さんに対して包括的な診断と治療を提供しています。
継続的な病状管理
慢性膵炎は長期間にわたる継続的な管理が必要な疾患です。定期的な血液検査と画像検査により病状の変化を把握し、適切な治療調整を行います。症状日記の活用により、患者さん自身にも病状の変化を把握していただき、治療への積極的な参加を促しています。 膵機能の評価と栄養状態のチェックも定期的に行い、必要に応じて治療内容の見直しを行います。また、糖尿病を合併している場合は、血糖コントロールの状況を詳しく評価し、最適な治療方針を提案いたします。
生活指導と患者教育
禁酒指導を中心とした生活指導を継続的に行います。アルコール依存症が疑われる場合は、専門医療機関への紹介も行います。また、栄養指導により適切な食事療法を提案し、膵酵素製剤の適切な使用方法についても詳しく説明いたします。 患者さんやご家族に対する疾患教育も重視しており、病気の性質や治療の必要性について理解を深めていただくことで、より良い治療成果を目指しています。
当クリニックでは、慢性膵炎の診断から継続的な管理まで、患者さんの状態に応じた最適な医療を提供いたします。膵疾患についてご心配な点がございましたら、遠慮なくご相談ください。