アルコール性肝障害について
アルコール性肝障害は、長期間にわたる過度の飲酒が原因で起こる肝臓の炎症性疾患です。
アルコール性肝障害には段階があり、最初はアルコール性脂肪肝(肝臓に脂肪がたまる状態)から始まり、アルコール性肝炎、そして肝硬変へと進行していきます。脂肪肝の段階では症状がほとんどなく、禁酒により改善が期待できますが、肝炎が進行するにつれて完全な回復は困難になります。
アルコール性肝障害の原因
アルコール性肝障害の直接的な原因は、長期間にわたる過度の飲酒です。しかし、同じ量のお酒を飲んでも肝障害を起こす人と起こさない人がいるため、様々な要因が関係していると考えられています。
アルコールの代謝と肝障害
アルコールは肝臓で段階的に分解されます。まずアルコール脱水素酵素によりアセトアルデヒドに変換され、次にアルデヒド脱水素酵素-2により酢酸に分解されます。このアセトアルデヒドは非常に毒性が強く、肝細胞を直接傷つけます。
また、アルコールの分解過程で活性酸素が大量に発生し、これが肝細胞の膜や遺伝子を傷つけます。さらに、アルコールの代謝により肝臓内の脂肪酸の合成が促進され、脂肪肝が起こります。
飲酒量と期間
肝障害のリスクは飲酒量と期間に比例します。一般的に、過剰飲酒といわれる1日のアルコール摂取量は、純エタノール換算で60g(ビールなら1500ml、日本酒なら約3合)です。この量を5年以上に渡る長期間摂取するとアルコール性肝炎のリスクが高くなります。ただし、これらの数値は目安であり、個人差があります。体重、体質、遺伝的要因、栄養状態、他の病気の有無などにより、肝障害を起こしやすさは大きく異なります。
遺伝的要因
アルコールの分解能力は遺伝的に決まっており、日本人の約半数はアルデヒド脱水素酵素の活性が低いか欠損しています。このような方は少量の飲酒でも肝障害を起こしやすく、注意が必要です。また、肝臓での脂肪の代謝に関わる遺伝子の違いも、アルコール性肝疾患の発症に影響することが分かってきています。
その他の要因
女性は男性より少ない飲酒量で肝障害を起こしやすいことが知られています。これは体格の違いだけでなく、女性ホルモンやアルコール代謝酵素の活性の違いが関係しています。
アルコール性肝障害の症状
アルコール性肝炎の症状は病期により異なり、初期には症状がほとんどありません。しかし、進行すると様々な症状が現れ、日常生活に大きな影響を与えるようになります。
初期の症状
アルコール性脂肪肝の段階では、多くの場合は無症状です。症状があっても、軽い倦怠感、食欲不振、腹部の違和感程度で、「疲れているだけ」「年のせい」と見過ごされることが多いです。
健康診断で肝機能異常(AST、ALT、γ-GTPの上昇)を指摘されて初めて気づくことがよくあります。この段階では、禁酒により改善が期待できます。
慢性アルコール性肝炎の症状
慢性的に肝炎が進行すると、より明らかな症状が現れるようになります。全身倦怠感は強くなり、「朝起きるのがつらい」「仕事に集中できない」といった状態になります。食欲不振も顕著になり、体重減少を伴うことがあります。
腹部膨満感や右上腹部の鈍痛を感じることもあります。これは肝臓の腫大や炎症による症状です。また、二日酔いがひどくなったり、以前と同じ量のお酒が飲めなくなったりすることもあります。
アルコール性肝硬変、肝不全の症状
肝硬変に進行すると、より重篤な症状が現れます。黄疸により皮膚や白目が黄色くなり、尿の色も濃くなります。腹水によりお腹が張り、足のむくみも起こります。
食道静脈瘤が破裂すると、吐血や下血を起こすことがあり、これは生命に関わる緊急事態です。肝性脳症により意識がもうろうとしたり、手の震えが起こったりすることもあります。
皮膚に赤い斑点(くも状血管腫)が現れたり、手のひらが赤くなったり(手掌紅斑)することもあります。男性では女性化乳房が起こることもあります。
急性アルコール性肝炎
大量飲酒を続けた後に急激に症状が現れることがあり、これを急性アルコール性肝炎と呼びます。高熱、激しい倦怠感、食欲不振、嘔吐、腹痛、黄疸などが急に現れ、重篤な場合は意識障害を起こすこともあります。
この状態は生命に関わることがあるため、速やかな医療機関での治療が必要です。
アルコール性肝障害の診断
アルコール性肝炎の診断は、飲酒歴と血液検査、画像検査の結果を総合して行います。患者さんの正直な飲酒歴の申告が診断の要となるため、正確にお話しいただくことが重要です。
問診では、飲酒開始年齢、飲酒量、飲酒期間、飲酒パターン、禁酒の経験などを詳しくお聞きします。1日の飲酒量は、お酒の種類ごとに換算して計算します。例えば、ビール500ml、日本酒1合、ウイスキーダブル1杯は、それぞれ約20gのアルコールに相当します。
血液検査では、肝機能検査(AST、ALT、γ-GTP、ALP、ビリルビンなど)が重要です。アルコール性肝疾患では、特にγ-GTPの上昇が特徴的です。
画像検査では、腹部超音波検査により肝臓の大きさ、脂肪沈着、線維化の程度を評価します。CTやMRI検査により、より詳しい肝臓の状態を調べることもあります。
他の肝疾患(ウイルス性肝炎、自己免疫性肝炎、薬物性肝障害など)との鑑別も重要で、必要に応じて追加の検査を行います。
アルコール性肝障害の治療

アルコール性肝炎の治療の基本は禁酒です。禁酒により肝臓の炎症を抑え、進行を止めることができます。ただし、禁酒だけでは不十分な場合もあり、症状や進行度に応じて様々な治療を組み合わせます。
禁酒治療
禁酒はアルコール性肝炎治療の最重要項目です。完全禁酒が理想ですが、長期間の飲酒習慣がある方にとっては非常に困難なことも理解しています。当クリニックでは、患者さんの状況に応じて段階的な減酒から始めることもあります。
アルコール依存症がある場合は、急激な禁酒により離脱症状(手の震え、不安、不眠、けいれんなど)が現れることがあるため、医師の管理下で禁酒を進める必要があります。
禁酒をサポートする薬物治療として、抗酒薬(ジスルフィラム)、飲酒欲求を抑える薬(ナルトレキソン、アカンプロサート)などがあります。また、精神的なサポートとして、カウンセリングや断酒会への参加も効果的です。
栄養療法
長期間の飲酒により栄養状態が悪化していることが多いため、バランスのとれた食事で栄養管理を行います。ビタミン、ミネラルが不足していることもあり、補充療法も行います。
薬物治療
肝臓の炎症を抑えるために、肝庇護薬(ウルソデオキシコール酸、グリチルリチン製剤など)を使用することがあります。これらの薬は肝細胞を保護し、炎症を軽減する効果があります。
肝硬変に進展してしまうと、アミノ酸製剤、利尿剤、ビタミン剤など多岐に渡る薬が必要になります。
進行例の治療
肝硬変が進行し、内科的治療では改善が期待できない場合は、肝移植が検討されることもあります。ただし、肝移植を受けるためには厳格な条件があります。
アルコール性肝障害の予後
アルコール性肝炎の予後は、禁酒の継続と治療開始時の肝機能により大きく左右されます。脂肪肝の段階で禁酒すれば、ほぼ完全に回復が期待できます。肝炎の段階でも、禁酒により進行を止め、ある程度の改善が見込めます。
しかし、肝硬変に進行した場合は、禁酒しても肝臓の構造的な変化は元に戻りません。その他、肝臓がんや肝不全など、命に関わる病気に進展する可能性も高くなります。
早期の禁酒と定期的な検査により、肝機能の変化を観察し、病状に合った治療を行うことで、より良い予後が期待できます。
アルコール性肝炎の予防
アルコール性肝炎の予防で最も重要なのは、適度な飲酒を心がけることです。厚生労働省が推奨する「節度ある適度な飲酒」は、1日平均純アルコール約20g程度とされています。これは、ビール中瓶1本、日本酒1合、ウイスキーダブル1杯に相当します。
週に2日以上の休肝日を設けることも大切です。肝臓がアルコールを分解するのに時間がかかるため、連日の飲酒は肝臓に大きな負担をかけます。
飲酒時には、十分な食事を取ることも重要です。空腹時の飲酒は、アルコールの吸収が早くなり、肝臓への負担が増します。特に、タンパク質を多く含む食品(豆腐、魚、肉など)を一緒に摂ることで、肝臓の負担を軽減できます。
定期的な健康診断により、肝機能の変化を早期に発見することも予防につながります。γ-GTPなどの肝機能検査値の上昇は、アルコール性肝障害の早期のサインです。
当クリニックでのアルコール性肝障害の診療
当クリニックでは、アルコール性肝障害の診断から治療、禁酒サポートまで、患者さんお一人おひとりの状況に応じた包括的な医療を提供しています。患者さんが安心して治療を受けられる環境作りを心がけています。
初診時には、飲酒歴を詳しくお聞きし、血液検査や画像検査により肝臓の状態を正確に評価します。禁酒治療では、患者さんの生活スタイルや社会的状況を考慮して、実現可能な目標を設定します。段階的な減酒から完全禁酒まで、患者さんのペースに合わせて進めます。必要に応じて、断酒会や専門のカウンセラーとの連携も行います。
禁酒と適切な薬物治療を行い、定期的な検査により治療効果を評価し、必要に応じて治療内容を調整します。重症例や専門的な治療が必要な場合は、適切な医療機関への紹介を行い、継続的な連携により患者さんをサポートします。
健康診断で肝機能異常を指摘された方、日常的に飲酒の習慣がある方、最近疲れやすくなった方、家族からお酒の量を心配されている方は、アルコール性肝炎の可能性があります。一人で悩まず、お早めに当クリニックにご相談ください。