急性膵炎とは
急性膵炎は、膵臓に急激な炎症が生じる疾患です。膵臓は胃の後ろに位置する長さ約15cmの臓器で、消化酵素を産生する外分泌機能と、インスリンなどのホルモンを産生する内分泌機能を持っています。急性膵炎では、通常は膵管を通って十二指腸に分泌される消化酵素が、何らかの原因で膵臓内で活性化され、膵臓自体を消化してしまうことで炎症が起こります。 急性膵炎は年齢や性別を問わず発症する可能性がありますが、原因によって好発年齢に違いがあります。アルコール性膵炎は中年男性に多く、胆石性膵炎は中高年女性に多い傾向があります。近年は高齢化に伴い、胆石性膵炎が増加傾向です。
急性膵炎の病態生理
膵臓で産生された消化酵素は不活性な状態で膵管を通って十二指腸に分泌され、そこで初めて活性化されて食物の消化に働きます。しかし、急性膵炎では膵細胞の直接的なダメージや膵管の閉塞、膵液の逆流などにより、消化酵素が膵臓内で異常に活性化されてしまいます。 活性化された消化酵素によって膵臓の自己消化が進行し、炎症の範囲が拡大していきます。重症例では炎症が膵臓周囲に波及し、腹腔内の他の臓器にも影響を及ぼします。
急性膵炎の原因
急性膵炎の原因は多岐にわたりますが、日本では胆石とアルコールが2大原因とされ、全体の約70~80%を占めています。
アルコール性
大量飲酒により急性膵炎が引き起こされることがあります。アルコールは膵液の分泌を刺激し、同時に膵管の出口を収縮させることで膵管内圧が上昇し、急性膵炎が発症します。また、アルコール代謝産物であるアセトアルデヒドが膵臓に直接的な毒性を示すことも知られています。アルコール性膵炎は中年男性に多く、長期間の大量飲酒歴がある方に発症しやすい傾向があります。一度の大量飲酒でも発症することがありますが、慢性的な飲酒習慣がある方でより起こりやすくなります。
胆石性
胆石性膵炎は、胆石が十二指腸乳頭部に嵌頓することで発症します。膵管と胆管は十二指腸乳頭部で合流しているため、この合流部位に胆石が詰まると膵液の流れが妨げられ、膵管内圧が上昇して膵炎が発症します。特に小さな胆石は胆嚢から移動しやすく、膵炎の原因となりやすいとされています。胆石性膵炎は中高年女性に多く、食後、特に脂っこい食事の後に発症することが多いのが特徴です。胆石性膵炎では、膵炎の治療と並行して胆石の治療も必要になります。
その他の原因
薬剤性膵炎は、特定の薬剤の副作用として発症する急性膵炎です。糖尿病薬、利尿薬、免疫抑制薬、抗生物質、抗がん剤など様々な薬剤が原因となる可能性があります。また、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)後に発症する医原性膵炎も知られており、検査後の合併症として注意が必要です。 高脂血症、特に血中トリグリセリド値が著しく高い場合(1000mg/dL以上)にも急性膵炎が発症することがあります。その他、外傷、感染症、自己免疫性、膵管癒合不全などの先天的異常も原因となることがあります。
急性膵炎の症状
急性膵炎の症状は炎症の程度により様々ですが、特徴的な腹痛が最も重要な症状です。
消化器症状
急性膵炎の腹痛は、上腹部から左上腹部にかけての激しい痛みが特徴的です。痛みは突然始まることが多く、持続性で非常に強いことがほとんどです。患者さんは「今まで経験したことのないような痛み」と表現されることも多く、救急外来を受診される主要な理由となります。前かがみの姿勢をとると腹痛が軽減することがあり、急性膵炎に特徴的な所見の一つです。 痛みは背中にも放散することが多く、特に左肩甲骨下部への放散痛が特徴的です。また、腹腔内の強い炎症によって腹水が貯留し、腹部の膨満感を感じます。消化管の動きも悪くなり、吐き気や嘔吐、便秘をきたします。
その他の全身症状
腹水の貯留により、患者さんは急速に脱水が進行します。発熱も急性膵炎の重要な症状の一つです。重症例では、炎症が全身に波及することで、より高度な発熱や全身状態の悪化が見られます。
重症例の症状
重症急性膵炎では、膵臓周囲の炎症が腹腔内全体に広がり、多臓器不全を引き起こすことがあります。呼吸困難、血圧低下、意識障害、腎機能障害などの症状が現れ、集中治療が必要になります。炎症が広がった部位には壊死組織が貯留し、そこに細菌が感染することもあります。
急性膵炎の診断

急性膵炎の診断は、特徴的な症状、血液検査、画像検査を組み合わせて総合的に行います。
血液検査
血清アミラーゼやリパーゼの上昇は急性膵炎の特徴的な所見です。正常値上限の3倍以上の上昇があれば、急性膵炎を強く疑います。 炎症反応を示すCRP(C反応性蛋白)や白血球数の上昇も診断の参考になります。また、重症度評価のために、血清カルシウム値、LDH、BUN、Cr、血小板などの項目も測定します。
画像診断
腹部CT検査は、急性膵炎の診断と重症度評価において最も重要な検査です。膵臓の腫大や炎症の程度、膵周囲の脂肪組織の変化、腹水の有無などを詳しく観察できます。造影CTでは膵実質の血流評価も可能で、膵壊死の範囲を評価することができます。 腹部超音波検査は、CT検査が困難な場合や初期評価において有用です。膵臓の腫大や胆石の有無、胆管拡張の程度などを観察できます。
重症度評価
急性膵炎では診断と同時に重症度の評価が重要です。日本では厚生労働省研究班による重症度判定基準が用いられており、臨床症状、血液検査所見、画像所見を総合的判断して重症度を分類します。 重症度により治療方針が大きく異なるため正確な評価が必要であり、特に重症例では集中治療室での管理が必要になります。
急性膵炎の治療
急性膵炎の治療は、膵臓の安静と支持療法が基本となります。
保存的治療
急性膵炎の基本治療は膵臓の安静です。膵液分泌を抑制するために絶食とし、必要な水分や栄養は点滴で補給します。通常、発症から数日間は絶食を継続し、症状や検査値の改善を確認してから段階的に食事を開始します。
膵酵素阻害薬や蛋白分解酵素阻害薬を投与し、膵臓の自己消化を抑制する治療を行います。感染予防のための抗生物質の投与も行います。特に重症例では細菌感染の合併リスクが高いため、抗生物質の投与が必要です。
疼痛管理も重要な治療の一つです。急性膵炎の腹痛は非常に強いため、適切な鎮痛薬の使用が必要です。一般的にはNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)や麻薬系鎮痛薬が使用されます。痛みの軽減により患者さんの苦痛を和らげ、回復を促進します。
重症例の治療
重症急性膵炎では、多臓器不全の予防と治療が重要になります。循環動態の管理、呼吸管理、血液浄化療法などの集学的治療が必要です。血圧維持のための昇圧薬投与や、腎機能障害に対する血液透析などが行われることもあります。
膵壊死を合併した場合は、経皮的ドレナージや内視鏡的ドレナージ、開腹手術によって壊死組織を除去する侵襲的な治療が必要になります。
原因に対する治療
急性膵炎の治療では、原因に対する治療も重要です。胆石性膵炎では、急性期の治療と並行して胆石の治療が必要になります。内視鏡的な胆石除去や、回復後の胆嚢摘出術などが検討されます。 アルコール性膵炎では、禁酒が最も重要な治療です。アルコール依存症が疑われる場合は、専門的な治療やカウンセリングが必要になることもあります。薬剤性膵炎では、原因薬剤の中止と代替薬への変更が行われます。
急性膵炎の予防と生活指導
急性膵炎の再発予防には、原因に応じた生活指導が重要です。
アルコール制限
アルコール性膵炎の既往がある方は、完全な禁酒が推奨されます。少量の飲酒でも再発のリスクがあるため、厳格な禁酒が必要です。禁酒が困難な場合は、専門的な治療やサポートグループへの参加も検討されます。 アルコール以外が原因の急性膵炎でも、アルコールは膵臓に負担をかけるため、可能な限り制限することが推奨されます。特に回復期間中は完全に避けることが重要です。
食事指導
急性膵炎の回復期には、膵臓に負担をかけない食事が重要です。脂肪の摂取量を制限し、消化に良い食事を心がけます。 高脂血症が原因の場合は、脂質制限食による血中脂質の管理が重要です。栄養士による専門的な栄養指導を受けることで、適切な食事管理が可能になります。
当クリニックでの急性膵炎の診療
当クリニックでは、急性膵炎の患者さんに対して迅速で適切な対応を行います。
初期対応
急性膵炎が疑われる症状で受診された患者さんに対して、迅速な血液検査と画像検査を実施し、正確な診断を行います。急性膵炎と診断された場合は、提携する医療機関へ速やかに紹介いたします。
再発予防と経過観察
急性膵炎の治療後は、発症の原因に沿った再発予防策を提案いたします。禁酒指導、食事指導や、定期的な血液検査、画像検査などで経過観察を行います。
当クリニックでは、急性膵炎の診断から治療、再発予防まで、患者さんの状態に応じた最適な医療を提供いたします。膵疾患についてご心配な点がございましたら、遠慮なくご相談ください。